Dark in mind(KA)




「戦いの中での気高い死?冗談じゃない。俺はどんな手を使ってでも故郷に帰ると誓ったんだ!!」
武器庫に入ったガラハッドは、まだ怒りが収まらないというように吐き捨てた。
乱暴に剣を手に取るガラハッドに背を向ける位置で槍を吟味しながら、ガウェインはため息をついた。
「お前の気持ちはよく判る。それでもあれは言い過ぎだ」
死を望むようなトリスタンの言葉。
アーサーが任務を告げた時、顔色一つ変えなかったトリスタンを見たガウェインは確信した。
トリスタンの考えを覆すものが欲しかったが、それを持ち合わせていない事も判っていた。
「死にたいと言ったのはトリスタンだ。俺は間違った事は言ってない」
「ガラハッド!!」
厳しい口調に思わず振り向いたガラハッドは息をのんだ。
怒るでも責めるでもなく、ただ哀しげな顔でガウェインはガラハッドを見ていた。
「頭を冷やしてから俺の部屋に来い。話がある」
それだけ言うとガウェインは踵を返して歩き出した。
「ガウェイン!!」
ガラハッドは慌ててその後を追った。


「すまん、怒鳴るつもりはなかったんだ」
テーブルの上に剣を置いたガウェインは、そう言ってガラハッドに座るよう勧めた。
「なんであんたが謝るんだ?」
ベッドの端に座ったガラハッドはガウェインを見ずに呟いた。
部屋に戻るまで一言も話さなかったガウェインの後ろを歩きながら、ガラハッドは自分が言った言葉を反芻していた。
――そんなに死にたいなら、今ここで死ねばいい
怒りに我を忘れていたとはいえ、あまりに酷い台詞だった。
しかし、酷い事を言ったと認めはしても、トリスタンの考えには決して同意できなかった。
「判ってる。お前だけが悪いんじゃない」
ガラハッドの心の内を読んだかのように、ガウェインは言った。
「あいつは死に場所を探してる。それを許せないお前は間違っちゃいない」
顔を上げたガラハッドは、目の前に立つ年嵩の騎士を見上げた。
「どうしてなんだ?!死にたいと思う理由は何だ?」
ガラハッドには理解できなかった。
生よりも死を望む理由が何なのか、この世に生きる事よりも、死に価値を見出す理由が何なのか。
「今まで・・・何の為に戦ってきたんだ?」
死んでしまえば、今まで戦ってきた事が全て無駄になる。
真っ直ぐな視線で問い掛けるガラハッドに、ガウェインは静かに言った。
「目的なんてないさ・・・ただそこにいるから戦う――それだけだ。帰るべき場所を持たない俺たちは、戦場にしか居場所がない」
「故郷を持たない・・・?」
当惑した表情でガラハッドはガウェインを見つめた。
蝋燭の光がゆらゆらと揺れる。
「お前がまだ徴兵される前だと思うが、疫病が流行っただろう」
17年前――ガラハッドが徴兵される前年だった。
川沿いの村々で疫病が発生し、人々は不安に怯えた。
「その時に俺たちの村は全滅した」
窓の外に視線を投げ、そう言ったガウェインの口調は普段と変わらない穏やかなものだった。
それ故にガラハッドは圧倒された。
ガウェインは、故郷を覚えていないのではなく、忘れようとしていたのではないか。
ガラハッドが故郷の話をする時、ガウェインとトリスタンは一体どんな思いで聞いていたのだろう・・・。
「でも生き残った人が――」
言いかけたガラハッドは痛烈に後悔した。
すでに兵役に就いていたガウェインが何故、自分の村が全滅したと知っているのか。
ガラハッドは兵役に就いてから、故郷の現状など一つも知らなかった。
導かれる答えはただ一つだった。
ガウェインは――現場にいたのだ。
それに気付いたガラハッドは思わずガウェインの顔から目を逸らした。
「生き残りはいない。まだ生きていた病人も殺して――村ごと焼いた」
「ああ――」
膝の上に片肘をついて、ガラハッドは額を覆いため息をついた。
「俺はあいつの、あいつは俺の村を・・・この手で焼いた」
逸らした視線の先で、ガウェインが窓から視線を戻すのが判ったが、ガラハッドはガウェインを見る事ができなかった。

「俺はあいつに言うべき言葉を持たない。頼むガラハッド――あいつに死に勝る未来を教えてやってくれ」
ガウェインの言葉に、ガラハッドはぞっとした。
ガウェインがトリスタンを止められないのは、彼もまた同じ思いを抱いているからだ。
彼らの戦いは、信仰や国の為でもなく、家族を守る為でもなく、故郷へ帰る為でもない。
そこにいるから戦う――彼らは未来を見ていない。
永遠に繰り返される”今”という瞬間があるだけだ。
「あんたも――トリスタンと同じなのか。死にたいと思ってるんじゃないだろうな」
消え入りそうな声はしかし、怒りに震えていた。
「俺やトリスタンに生きろって言うあんたはどうなんだ?」
鋭い蒼の視線に射られ、嘘はつけないと悟ったガウェインは、諦めにも似た笑みを返した。
「戦場での死に異存はない。だが少なくとも今じゃない。仲間の泣き顔を見ないで済む場所で死にたい」
「兵役は終わるんだ・・・これ以上どこで戦うつもりなんだ?」
ガウェインは答えなかった。
答えなどなかった。
「故郷がないのなら、俺の村へ来ればいい」
「お前の?」
驚いた表情でガウェインはガラハッドを見た。
「ああ――皆きっと歓迎する。帰ろう、サルマティアへ――」
もはや思い出せないほど昔に手放した未来。
ガウェインは穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「村一番の美人を攫っても歓迎してくれるか?」
「一番の美人は俺の妹だ。女ったらしのあんたにはやらないさ」
泣き笑いを浮かべてガラハッドは笑う。
「俺もお前を兄と呼ぶのはごめんだな」
ひとしきり笑いあった後で、ガラハッドは立ち上がった。
「トリスタンに謝って来る」
「ああ。頼んだぞ」
真剣な表情で、ガウェインが言った。
ガラハッドは判っているというように頷くと、扉に向かって歩き出した。
「お前に会えてよかったよ」
ガラハッドが部屋を出る直前、ガウェインは小さく呟いた。
それが聞こえていたのかどうか、ガラハッドは一瞬だけ立ち止まってから出て行った。
「生きて帰れ。何があっても――」



「何を言ったんだ?あいつの村に招待されたぞ」
ガラハッドを見送って暫く経った頃、ガウェインの部屋に来たトリスタンは開口一番そう言った。
「あいつの故郷は綺麗なところらしいな。お前も来るだろ?」
壁に凭れて腕を組むトリスタンを見上げて、ガウェインは笑った。
「――判ってるんだろう、ガウェイン・・・平和の中に俺たちの居場所がない事を」
椅子に座るガウェインに疑わしげな眼差しを向けてトリスタンは言った。
たとえ帰る場所を得たとしても、体に染み付いた血の臭いはもはや消えようもない。
「ああ――判ってるさ。もし俺の命一つで仲間の未来が買えるなら、俺はそれを選ぶ」
沈黙の後でガウェインは言った。
その顔にもう笑みはない。
「お前がよくてもあいつが泣くぞ」
トリスタンは呆れたように呟いた。
「だろうな。だがお前が死んでもあいつは泣くさ。もう仲間の死は見たくない」
「それがあいつを寄越した理由か?人に生きろと言って――お前は何を考えている?」
流石に鋭いなと呟いて、ガウェインはため息をついた。
ガラハッドとは違い、この男は騙せない。
月は雲に隠れ、蝋燭の光からは陰になる位置に立つトリスタンの表情が、ガウェインには見なくとも判る気がした。
「未来を・・・信じてみようと思う」
トリスタンは何も言わなかった。
「人は・・・変われるさ。殺しを知らなかった子供が兵士になるように、もう一度」
ガウェインの言葉は、トリスタンにだけでなく、自身に言い聞かせるようでもあった。
「帰ろう、トリスタン。生きて――故郷へ帰ろう――」
「ああ――そうだな。悪くない」
月の光が部屋を照らす。
トリスタンの顔に浮かんだ穏やかな笑顔を、ガウェインは信じたいと思った。
祈りにも似たガウェインの言葉を、トリスタンは信じたいと思った。
しかし二人は互いにそれが幻想である事を知っていた。
未来を見るには余りに深い闇がこの身の内にある。
せめてそれが他の騎士たちに―とりわけ年少の騎士に-気付かれないように祈る思いだけが二人重なっていた。







presented by MISSING LINK/Sep.20.2004

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解説ないととツライですよね。ははは。すんません。

えと、ガウェとトリは死にたがってました、という方向で。
ガウェはガラに未来を見ますが、それを受け入れるにはどこか病んでて、でもトリには生きて欲しいとか思ってる辺りが身勝手です。
トリはトリでガラを引き合いに出してガウェを止めようとしますが、今一歩足りない。
(自分が死にたがってる時点でアウト)
結果的にトリが本懐を遂げたというか、死に逃げですかね・・・。

「故郷なんて覚えていない」
あのセリフが全てでした。
他のナイツより戦歴が長いガウェ。
兵役は15年じゃないの?移動を含めてもそんなに長くは・・・という疑問がフツフツと沸いてくるんですが。
兎も角いくら戦場が長いにしても、兵役というのは期限が過ぎれば帰るのが前提なのであって。
「戦場こそが祖国」という考えに至るまでには何かがあった筈です。
そしてトリが何かしらの闇を抱えてるのは疑いようがありません。
この二人はたぶん、同じ思考だったのではないかと思うのです。
ガウェに関しては反論もあろうかと思いますが、小説の方で深手を負いつつ突撃するシーンを見てるとそんな気がしてなりません。

最後に、私の中でのキャラ関係について。
ガラを見守るお兄さん二人、というシチュエーションがベストです。
当のガラは、ガウェ兄には逆らえない(逆らう気もない)けど、トリ兄にはその分も反抗(とばっちり?)してみたり・・・そんなコで。←言い切られても・・・







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